朝日衛生材料の沿革

朝日衛生材料株式会社の沿革について紹介しています。大阪府東大阪市で個人創業してから約70年。今となっては知っている者も少なくなりましたが、昔の写真から色々なことを想像させてくれます。
朝日衛生材料株式会社
今回は、朝日衛生材料の沿革をご紹介したいと思います。

昭和25年


朝日衛生材料株式会社

朝日衛生材料製造工場として大阪府東大阪市にて個人創業しました。
今年で70年目に突入いたします。
創業当時を知る社員は現在誰もいませんので、どんな感じだったのか今となってはわかりません。

朝日衛生材料株式会社


昭和31年


宮川(現在70歳)が宮崎県より集団就職で朝日衛生材料に入社。
現在でも会社でバリバリ働いています。

当時を知る数少ないメンバーですので、この頃の様子を聞いてみました。

昭和30年代前半は、大阪市内、堺市エリアへ自転車を使って、ガーゼ、包帯、脱脂綿等販売していました。
雨が降ると油紙を商品に被せ(当時はビニールやポリエチレンの袋はありませんでした)、合羽等もないので雨に濡れながら自転車をひたすら漕いでいたそうです。

朝日衛生材料株式会社

昭和36年


朝日衛生材料株式会社
法人改組(本社東大阪、資本金5000千円)朝日衛生材料株式会社となりました(来年60周年です)。

この頃になると、バイクを使っての営業活動となりました。
販売エリアも奈良、和歌山へと広げていきました。

吉野町へ行く途中には峠があり、昔のバイクは峠の途中でプラグを掃除しないとエンジンが止まったそうです(現在はトンネルが出来ています)。

昭和36年


朝日衛生材料株式会社

布製ナプキンに変わり、生理用紙ナプキン『アルスパットン』を発売開始!
生理用紙ナプキンを日本で最初に製品化したことで有名なのはアンネ社(現ライオン)ですが、弊社も実は同時期に販売しました。

このことは業界でも有名で、お互いが日本初だと自負しているのも語り草になっているようです。
爆発的な売上を計上。
現在の礎を築きます。

朝日衛生材料株式会社

この頃は自動車を使っての営業となりました。
販売エリアも中国地方、近畿地方、東海地方へと広がっていきました。
自動車に商品を載せ、4日~5日かけて地方を回っていたそうです。

昭和38年


朝日衛生材料株式会社

大阪府柏原市に工場新設。
私たちが現在勤務しているところです。

新設時には、大阪医科大学病院のドクターや、看護師さん達が工場を見学されたそうです。
現在も大変お世話になっております。

昭和60年


大阪府柏原市に本社移転。

平成5年


資本金20000千円に増資。

平成9年


京都伏見区に京都営業所新設。
今までは、大阪本社より京都、滋賀エリアをカバーしていましたが、新しく京都営業所が出来て、より迅速なサービスが可能となりました。

初代所長の津田さんと吉井さんが仲良くこの営業所で寝食を共にしていました。
民家で営業しているお好み焼き屋さんのような所で、1Fは倉庫、2Fは生活空間になっていました。

平成10年


本社にEOG滅菌設備が誕生致しました。
この設備が出来た事により、今や主流となっている滅菌ガーゼやお客様のご要望に合わせた別注商品等、幅広く対応する事が可能になりました。

平成11年


大阪府柏原市本社新築。
事務所が広くなり、快適に業務が出来るようになりました。

平成15年


大阪府柏原市本社横に倉庫新築。
手袋をメインに保管する倉庫で、ほぼ毎日ここにコンテナが入ってきます。

平成17年


京都久世郡久御山町に営業所移転。
会社らしい営業所ができました。駐車場も広くなり商品の出し入れがスムーズになりました。

平成23年


八尾市沼に物流倉庫購入。
いろんな災害に備えて商品を分散させて管理できるようになりました。
ここにも毎日のようにコンテナが入ってきます。

平成30年


京都市伏見区に京都営業所新築移転。
さらに大きな営業所となりました。

お好み焼き屋のような民家の営業所から約19年経ち、りっぱな営業所として生まれ変わりました。
コンテナの入る設備も整い、お客様のもとへ商品をお届けしております。

以上が朝日衛生材料の主な沿革です。
今後も皆様にご支援を頂き、日本の医療に貢献していきたいと思っておりますので、引き続き宜しくお願い致します。

朝日衛生材料株式会社


本社営業部
居村 正彦
齋藤 和久
2020年01月30日